【夢小説】赤色のお礼(相手:バッター)

この世界は分割されていて、キューブを使うことで異なるゾーンに移動ができる。
世界の法則上、元の世界に帰るための専用のキューブがあるはずだ。
手がかりが何も無い以上、一つ一つの”もしかしたら”を潰していくしかない。
そして、私は今日も護衛としてバッターを連れて探索を行っていた。

ゲーム画面として見ていた景色と違い、目の前に現実として存在する街並みは
とても無機質で複雑な造りをしていた。
施設の大まかな位置関係はゲーム画面と一致するが、遥かに広大で入り組んでいる。
ゲームには出てこなかった飲食店や本屋など、私の生きる世界にもあった施設が沢山ある。

しかし、行き交う人々に色はなく、建築物などの非生物にのみ鮮やかな色がある。
角はなく、全てのものが丸みを帯びた安全設計。
どの建物も特徴があまりないため、道が覚えづらい。
地図はないのかとザッカリーに聞けば「世界の果てを知るなんて怖すぎるよお……」という
お客様が大多数であり、地図なんて恐ろしいものは、遥か昔に消えてしまったとのことだった。

ここがゾーン2ということは分かっているため、ひとまず、ゲーム内にあった施設は除外して
どこに何があるのかを歩いて記録。黄色や赤色とは異なるキューブを見たことがないか
エルセン一人一人に聞きながら、街をくまなく歩く。

気づけばループする道に入り込んでいたり、亡霊やバーント化したエルセンとの連戦。
謎解きが分からず通れない道。ヒントを探し、また歩き回り……を、繰り返す。

「プレイヤー。今日の探索は、ここまでにしよう」

彼の提案に素直にうなずく。
帰路の体力、また、アイテムの残存数を考慮すると、今の状態で敵との戦闘は避けたい。
体力は黄色のキューブで回復できるが、それはバッターだけで、私には何も影響はない。
疲れには休息。怪我には適切な道具による治療。空腹には食事が必要だ。

この世界に迷い込んで、もう何日経ったのか?
あの日と同じく、彼の振るうバットの邪魔にならないよう、数歩下がってついていく。

バッターは、私がこの世界にいると、神聖な任務の遂行に支障が出るとのことで
キューブ探しを手伝ってくれている。
プレイヤーがゲームを起動していない時でも、彼自身は動き回れるらしいのだが
一歩進むごとに亡霊が出現したり、障壁が解除されず先へ移動することができないらしい。

私は元の世界に帰りたい。
バッターはこの世界を浄化したい。
互いの利害が一致していて、本当に良かったと思う。
私一人でこの世界の探索は不可能だ。

「明日はどのエリアに向かうんだ?
今日の続きとなると、レベルを上げてからじゃないと厳しいぞ。」

拠点――ザッカリーが用意してくれた住居で、アパートの一室だ――への帰り道、明日のことについて話し合う。
今日も特に成果は無かった。しかし、地図は少しずつだが完成へと近づいている。

地図が完成に近づけば近づくほど、元の世界に帰るためのキューブが無ければ、次は何をすればいい?
そもそも本当に帰ることはできるのか?一方通行で、帰り道なんて無いのでは?という思考が溢れ出す。
考えても意味はないことなのだが、ふとした拍子に不安が鎌首をもたげる。

「安心しろプレイヤー。建設的なやり方で進めれば、いずれ実は結ぶ」

そんな時、バッターは必ず私に声をかけてくれるのだ。
彼なりの励ましなのか、「頑張れ」「諦めるな」という言葉は一度も聞いたことはない。
ただ静かに、落ち着いた声で、論理的に物事を考え実行しろと言う。

バッターは、ゲームの中でも、目の前にいる今この時も、感情的に進めるということが無かった。
理屈に合ったやり方は、ゲームの世界においては重要だ。
人間はパニックになると通常では考えられないような選択を取る。彼にはソレが一切ない。

このような状況下では、とても頼りになる。とても、勇気づけられる。
彼の存在には、身体的にも精神的にも、かなり助けてもらっている。
彼には沢山の感謝を伝えたいが、言葉よりも行動で示した方が良いだろう。

色のない住民たちが黄昏色に染まる頃、ようやく拠点へと辿り着いた。
バッターへ先程の激励と、探索についての感謝の言葉を述べる。

「礼は不要だ。俺にもお前が必要だからな」

寡黙で、世間話はなどはなく、必要なことだけを言う彼の言葉は重みが違う。
しかも、普段は表情を変えないくせに、親が子に見せるような優しい微笑み付きとは……。
ゲーム内で顔グラは一切変化のないキャラであり、実際、目の前にいる彼もソレは同じだ。
ただ、時々だが、このように表情を和らげてくれる。

発言の内容と貴重な笑顔のせいで、勝手に照れてしまう。
こんな状況――いや、プレイヤーとゲームに登場するキャラクターという関係でなければ
恋に落ちていたかもしれない。
彼はただ、任務を完遂させるために手を貸してくれているだけだ。他意はない。
妙なことに気を取られている暇があれば、亡霊への対処法や、探索の効率化について思考すべきだ。

礼は不要とのことだが、彼の助力を当たり前だと思うのはよくない。
改めてお礼を言い、また明日と別れを告げる。

「あぁ、おやすみプレイヤー。良い夢を」

いつか必ず元の世界に帰って、彼の任務を完遂させようと決意する。
ゲームのエンドは全て回収しているため、何が起こるのかは把握している。
続編などないゲームであり、どのルートへ行っても終着点は同じだ。

こちらの世界に来てから、彼にはずっと助けてもらっている。
できれば彼には幸せになってほしいが、彼にとっての幸せは任務の達成に他ならないだろう。
この世界は浄化者がいなくても、誰かが創造主を浄化し、虚無へ帰すとゲームの生みの親が断言しているのだ。
幸せの形は人それぞれだ。

ジャッジには申し訳ないが、せめてものお礼に、彼の望むことをしてあげよう。
――その日の夜、夢の中で私はバッターエンドを選択。
ジャッジの血で真っ赤に染まったバッターが、こちら側に向かって、優しく微笑んでいた。